2023年9月6日水曜日

ケッコン

私事となりますが、僕の奥さんとは結婚して30年くらい経ちます。
また子供は2名いまして、上が女子、下が男子といった構成です。 
その長女がこの度ケッコンするといいます。

おそらく父親にとって娘の存在は特別なものであり、様々な映画やドラマ、小説やマンガに至るまで、そのような時に父親は「貴様のようなヤツに娘はやらーん!」とか何とか。それを受けて娘は「お父さんのバカー!」とかそんなシチュエーションを想像してしまいます(もしかして古いかも)。

たしかに娘はやらーん、なんて言わないまでも一抹の寂しさはあるもので、小さい頃の可愛い娘の写真や映像などを見ては、家の隅っこで体育座りをしながらひとりウジウジすることもあったり、なかったり・笑
それでも娘にはこれから結婚するだんなさんとともに支え合いながら、二人幸せになってほしいとそれだけを願うものです。

一方ふと気が付いたのが30年前に、自分の奥さんが僕と結婚したとき、義理の父親はどんな気持ちだったのだろう、と今さらながら考えてしまいました。今度聞いてみようと思ったけど、面倒くさいからやはり聞かないか。。。
やはりその立場にならなければその人の真の気持ちの一端はわからないものだと改めて感じました。
今回、京アニの被害者のご遺族様やバス置き去りでお嬢さんを亡くされた方などのインタビューを拝見し、本当に痛ましい事故であることを共有した気にはなれても、本当の意味での家族を失った悲しみはきっと共有出来ていないのだろうと感じました。

こうしてその立場によって見える景色も正義も変わるのだろうとは思うけれど、長生きしてきて得た経験や引き出しが人の役に立てばいいと思うし、こうして次の世代にバトンを渡すことが出来たこともひとつの成果として安堵している今日この頃です。