オペ後のおなかの傷口は相変わらず痛むし、2日に1度は後遺症的なものに悩まされることもある。さらには入院前後とストマ生活の日々が時々フラッシュバックすることでイヤ~な汗をかくこともあるけれど、それを戒めとして毎日を過ごしています。
とにかくもおなかのストマ(人工肛門)も外れたことで、人と会えるし、電車にも乗れる。ごはんも食事制限さえ守って気をつけていれば大丈夫。
そんな幸せな日々を感謝しなければと思う。
一方で年明け復帰早々から続くお仕事のピークもようやく、ようやくひと段落しかかっていると思います。
その間にはアフラックの代理店委託契約も終了。現在はアフラックでお世話になったお客様の元に当社の契約を引き継いでくださったセントラルファミリー社の営業の方々がご挨拶や契約の見直し含め、お訪ね下さっているようです。
その都度お客様からご報告をいただき、セントラルファミリーの〇〇さんという方が明日来るよとか、この間〇〇さんという方がお見えになってこんな話をしていったよとか。。。
お客様にはご迷惑を。セントラルファミリーさんにはお手間を取らせています。
そんな激務の半年を過ぎ、今僕は燃え尽きかかっている(実はもう燃え尽きているのかも)。
途中、お客様先でとんでもない謂れのない誤解を受け、40分に及ぶ軟禁の上、犯罪者呼ばわりされたり(最後は誤解が解け、というよりお客様の勘違いだった。会話を録音しておけばよかった)。
相変わらず事故のご対応の際にはお金が関わることゆえ、お客様の態度が豹変する様子をみるにつけ、げんなりしてみたり。
保険会社の手続き誤りで月の代理店手数料(売上)がたったの200円だったり(笑)。
こんなこと挙げはじめたらキリがない。
何度もこの仕事から引退することが頭をもたげてしまう。こんな大病をし、身を削って働く意味があるのか。。。さりとて引退なぞ極端な結論ではなく、もしかしてご縁のあった先(代理店さん)と仮に合併したとて、なかなかその絵が想像出来ない。
かつて20代の頃。東京海上さんの研修生・在籍時代に、東京海上さんはいわゆる成績の悪い方々に別の就職先を斡旋していた時期があった(肩を叩いていたわけだ)。
当時の僕も常に成績は最下位。この仕事はムリかもしれないと思い、「僕にも就職先を紹介してほしい」とお願いしたら、当時の職長さんだった東京海上の多田課長さんが「おまえはダメだ!」と口をへの字に曲げて突き放されたことがあった。
そんな日々から40年弱。まだ損害保険の仕事を続けている(しつこい)。
東京海上の多田課長さんは僕に試練の道を用意したのかどうか、幸いまだマーケット(お客様)から求められるうちは華と解釈することができるし、そんな気持ちの狭間でこれからの行く末を毎日葛藤しています。
そんな燃え尽き症候群が影響しているせいか、弱っている僕がおかしな結論を出さぬよう、今はそっとしておくことがよいのでしょう。
この仕事のピークが落ち着いたら少しだけゆっくりし、体制整備や保険会社の収斂なども再検討・再構築し、2026年の残り数か月で何らかの結論や道筋を探してゆこうと思います。












