4カ月前に大腸+膀胱の疾患でよもやの12時間に及ぶ大手術を敢行。その際、右腹部に造設したストーマ(人工肛門)で不自由な3ヵ月間を過ごし、そして約1ヵ月前の昨年末にそのストーマの閉鎖術を受けたわけです。(不整脈によるカテーテルアブレーションのオペはこれからです)
そんなストーマ閉鎖術以降、経験者の皆さんの間では数年間に及ぶ後遺症とも言うべき“頻便”に悩まされるといいます。1日に何十回もの排便により日常生活に甚大な影響を及ぼすとか。。
幸い僕の場合はそこまでの頻便に悩まされることはなく、強いて言えば排便時1時間の間に5~6度、連続しておトイレに駆け込むような切羽詰まった状態にはなりますが、幸い下痢的症状は小さい頃から慣れっこなのでこの程度はへっちゃらなのです。
…小学生の頃、学校でうんちをすることは大罪でした。昭和生まれの人間であるなら、経験があることでしょう。
一部の小学生にとって学校内でうんちをすることはかっこうのイジメの対象、ホントにあの頃の小学生達は残酷でした(もちろん全員ではなく、必ずクラスに2~3人いるイジワルでデリカシーに欠ける子達です)。
そんな僕は小さいころからおなかがすこぶる弱く、常にうんちをもよおしてしまう体質にて、朝、学校に出かける前はそれこそ深刻でした。
何とか家のトイレで用を済ませたいのにそんなに都合よく出るものじゃあない。それどころか、学校内にいる間に受ける様々なストレスに晒されることでおなかの調子が悪くなるわけで、1日約7時間ほどの学校での滞在時間中、ずっとおなかの調子に怯えていたといっても過言ではありません。
そんな日々決死のトイレ事情において、忘れられない出来事があります。
小学校5~6年生頃だったと思う。インドアな僕がなぜか夏休みの町内会・川遊びイベントに参加することとなり、町内会の方々含め十数人の子ども達と奥多摩まで出かけることとなったのです。
しかし案の定、真夏とはいえ奥多摩の川の水は冷たく、あっという間におなかが痛くなってしまい、いきなりの大ピンチ!。
しかしうっそうと茂る森の中の川べりなどに、まともなトイレなどあろうはずはなく(掘っ建て小屋みたいないわゆる昔のぼっとんトイレはあったと思うけど)、いよいよおなかの痛みが治まらなくなった僕は鳥肌とともに顔面は青冷め、ブルブル震えだす始末。
よもや我慢しきれず川の中でしれっと致そうものなら、その固形物がプカプカと川下へくだり、それが誰かの目に触れることで僕はその犯人として一生の罰を背負わねばならない。それだけは断じて許すことが出来なかった。
一方、そんな切羽詰まった僕の傍らに同じく同様の症状を醸し出している文房具屋の息子・たつや君がいたのです(うちは電器屋、たつや君は文房具屋)。
お互いのその様子を察した僕らは目を合わせ、川の奥の茂みへ一目散。
誰にも見られないよう、草木の生える影で隣り合ってしゃがみ込み、いよいよお尻から顔を出しかけていたうんち君を勢いよくひり出したのでした。
がまんにがまんを重ねていたおかげか、凄まじい量だったわけで(そのときの便の色(薄い茶色)・形(軟便でした)はいまでも瞼の裏にしっかり焼き付いています)、そのあとお尻をきちんと拭いたかどうかなどは記憶になく、そのままたつや君とそそくさと、なにごともなかったように川の中へ再度インしたわけです。
それ以降も校内ではトイレに誰もいないことを見計らい、瞬足の勢いで便をする術を身につけ、しかし学校から家までの帰り道ではいよいよ間に合わず、駐車場のクルマとクルマの陰でいたしてしまったり(当時は砂利敷きや土のままの駐車場ばかりだったからね)。高校、大学、社会人となってからは駅のトイレに間に合うかどうか。朝の駅のトイレなどはほぼ満室のため空いていることはほぼ奇跡。時に間に合い、時に間に合わず。。。
このように僕の便事情というと、屈辱的なものから何から何まで、昔から延々と悩まされて続けてきたことばかりだったのです。
さてそんな悩まされ続けた便事情も、昨年の手術以降は少し状況が変わり、冒頭述べたような症状に変わりました。
その中でも便意をもよおすと、今までとは違う下腹部の圧迫感。それも尾てい骨のあたりがムズムズと、言葉に表せないようなイヤ~な感覚に襲われるのです。
手術時にS状結腸を丸ごと+下行結腸の半分を切除してしまったわけで、残された下行結腸の上半分と、肛門の手前にある直腸とを繋ぎ合わせなければならない。しかしドクターらはそれを「Tの字に吻合」したというのです。真っ直ぐに土管と土管を直列に繋ぐような形ではなくTの字に。とにかくそんな事情もあるのかもしれません。
ともかくも一度便意に襲われると、それは固形便から徐々に軟便、そして最期は下痢状の便へと変異をし、それが何度も延々と続くわけです(長い時で4~5時間、回数にして10回前後なんてのはざらという時もあります)。
これがきっと僕のオペ後の後遺症なのだろうと受け入れています。
いつか良くなることを信じると同時に、この程度のことであれば結腸膀胱瘻やストマに悩まされていたときと比べれば何てことはなく、それこそ同様の疾患が再発しないように、二度とストマを造設していただくような大事にならないよう健康を保ちたい。
今はそれだけを念頭に過ごしている今日この頃です。





