2025年12月。ストーマ(人工肛門)閉鎖手術前日、またもおなかに青ペンで二重丸を付けられたときの写真です(何の意味だろうね)。その下には3ヶ月連れ添った最期のストーマパウチが少しだけ写り込んでいます。
今日、ストーマ(人工肛門)を題材にした記事がふと目に入り、ついつい読み進めてしまいました。
正直に言えばその記事の内容よりも、自身の身に起きたことをなぞるように、思い出すように、その記事を読ませていただきました。その記事にはストーマに対する様々なこと(ほぼ一般論)が書かれていましたが、こちとら経験者です。深ーく頷ける部分もあれば、やはりこれは人それぞれであると感じた部分もありました。
そう、今でも2025年後半のほとんどを大腸と膀胱の治療に費やした日々。そして何よりもオペ後のストーマ造設期間(3ヶ月)のことを思い出す度に苦しさに苛まれます。同時に二度とストーマ生活をしたくない、という恐怖にも似た感情に包まれます。
時々トイレで用を足しているとき、オペ前に襲われたときと同じ痛みを感じる度、「まさか、また!?」と恐怖を感じてしまいます。
記事には「ストーマ生活は思ったよりも悪くない」という口調のものが多い気がします。決して否定はしません。人それぞれだし、命あっての物種だ。ストーマ生活とのトレードオフで命を救われるのだから有り難く受け入れるべきだし、それは現代医学の最善の治療方法のひとつ、仕組みなのだから。
しかし昨年の大病発症から約1年。もしかしてこれはある意味のPTSD(「医療トラウマ」というらしいね)なのではないか?と思うほど、僕の心は「疾患発症から、2度のオペ、ストーマ生活の日々」などの記憶が頭の片隅にいつもあり、ふとしたきっかけであの日あの時に引き戻されてしまいます。
一歩も前に進んでいないとは言いません。おなかのフランチェンと化した傷痕もいくらか良くなっています。孔が空いてしまった膀胱の1/3ほどを切除し縫い付けてくれた箇所も多分良さそうだ。そして大腸の1/4を失ったことで生じている後遺症も最近ではいくらかコントロール(予測と予防)し易くなったかもしれない。
それでもまたいつ何時、残された大腸に再び孔が空き、今度は膀胱との交通(瘻孔)ではなく、便が腹腔内に溢れ出てしまい、腹膜炎から敗血症を引き起こす。緊急オペを行っていただき、仮に命を救われたとしても、今度こそオペから目が覚めたら、左のおなかに永久のストーマが造設されているのではないかという恐怖に怯えてしまう。
今日久しぶりに活字で「ストーマ(人工肛門)」という文字を見た瞬間、強烈なこの医療トラウマともいうべき恐怖の記憶が呼び覚まされてしまいました。
それでもやはり、僕はそんなオストメイト(ストーマを装着している人のことです)の方の力になりたいと今でも思っている。大したことは出来ないけれど、この経験をもって同じく苦しんでいる人がいれば寄り添ってあげたいと思う。






















