2026年5月31日日曜日

2026年度・繁忙期

2026年度の当社繁忙期(1月~6月)もいよいよあと1か月ほど頑張ればひと段落となりそうです。だいぶ先が見えて参りました。

 その間、不可抗力も含めご契約を失ったり、逆に新しいお取引先が増えたり、しかしそれら繁忙が影響しミスが続発(とはいえ事務的なものなのでお客様にはご迷惑をおかけしていません)、保険会社の構造的な変革なども含め、例年以上にてんやわんやになっていました(汗)。

毎年感じることとして、来年もう1度同じことをやれ、と言われても絶対ムリなんじゃないかと思うほど大変な時期です。これを解消するには以下方法を選択するしかない、と大真面目に検討中です。

①人員を増やす(でもお金がないのでどうしたものか)
②当社と親和性の高い、また気の合う同業さんと合併する(これは慎重)
③現在の仕事量を増やさずに(または減らす)、もう一つの社業(医療事務)にウェイトを移す

実は先日、上記②についてある会社さんと折り合いがつくか相談してみたけれど、少し難しく、保険会社サイドもあまり乗り気ではない様子だったのでそれはナシ。

本音として僕は70才くらいまでは自分の会社でゆっくりと仕事をしていたい。
それもずっと現役である必要はないので、65才を過ぎたあたりから自身の健康面と相談をしつつ、後進に現場を預けてしまうのが理想(後進がその後、どうするかは自身で好きにすればよいでしょう)。

以前、20代の頃に東洋火災をご退職された方と縁があり「朝起きて行けるところ(会社)があるのは幸せなことなんだよ。自分の机があるなんてことが当たり前と思っちゃいけないよ」と諭されたことがある。そのときは当然ふ~んなんて聞き流していたけれど、妙にそのコメントが僕の中で引っ掛かり、40年近く経った今でも心に残っている。まさにその心境だ。

先日ソニー生命の友人が連絡をしてきて、今は毎年更新の契約社員として後進の指導にあたっているとのこと。早く悠々自適の生活をしたいと言っていた。
お仕事大好き人間の彼のこと、「でも毎日が日曜日なんてつらいよ~」と脅しておいたけど、それは自分にも当てはまる。
昨年の大病の主な原因はストレスだ。奥さんからも常々「お仕事を辞めたらよくなるんじゃない」と言われ続けた結果、最悪の事態になったわけで(命は取り留めたことだけが不幸中の幸い)。。。
だからといって本当に仕事を辞め、ストレスから解放され、毎日ぶらぶらしているなんてきっと耐えられないでしょう。それどころか、「世の中のみんなは懸命に頑張っているのに僕だけがノンビリなんてしていていいのか!」というストレスを感じてしまいそう・笑(本末転倒、根が貧乏性なんだね)

性格的に僕は夏休みの宿題は早めにしたいタイプだ。だから色々先回りして考えなくてよいことや、起きてもいないことを心配しすぎて悩んでしまう。そして考えに考えすぎてわけがわからなくなり、「まあ、なるようにしかならないか、ふぅ~」となる。これの繰り返しだ。

とにもかくにも次は心臓のオペが控えているので(本当にやるかどうはまだ未定)、ストレスを溜めないよう、穏やかに過ごせるよう山あり谷ありの毎日を慎重に対応、落ち着いて対処してゆこう。

2026年5月4日月曜日

3年目の亀戸天神様

毎年5月のGWになりますと、奥さんと連れ立って年始のお参り(西新井大師)とは別に、亀戸天神へお参りしています。

この習慣も今年で3年目となりました。
かつてこの投稿でも書きました通り、3年前くらいに僕がメンタルやられてしまったことで(きっと尋常ではなかったのでしょう)、見かねた奥さんが「亀戸行こう!いまのあなたには生まれ故郷の亀戸の気が足りてないから!」と気遣い、連れ出してくれて以来です。(その時の投稿はコレ→https://nakayan7.blogspot.com/2024/06/blog-post.html

厄も明けた今年、おかげさまで昨年の大病以外、かつてほどメンタルは弱ってはいないようですが、御礼もかねて、かつ家族の無事を報告する意味でも足を運んで参りました。

奥さんとともにお参りをし、御守りを買い、おみくじを引き、そうしていつもの亀戸天神様をあとにしました次第です。その流れでいつもなら亀戸の街をしばし散策するのですが、今年はやめにして曳舟に行って参りました。

なぜゆえ「曳舟(ひきふね)」か。大した意味はないのだけど、昨年11月頃、曳舟そばにある公立高校さんから保険説明会のご要請をお受けしました。まだ一度目のオペ後まもなく、そして二度目のオペを控えていた身ゆえ、かなり逡巡したのだけれど、いい加減スタッフ君に負担をかけてはいかんと、「これくらいやってやんよ!」と息巻いてご対応したのでした。

当時は本当に久しぶりのまともな外出で、かつおなかにはまだストマ君(人工肛門)がいたため、外出に対する恐怖心と体力低下+オペ後の後遺症でヨレヨレな状態だったけれど、何とか頑張ってお仕事をこなし、そそくさと帰宅するまでのおよそ3時間。そんな曳舟の街が当時はやけに新鮮だったのです(帰り道間違えるし、ストマは便でパンパンで焦るしね)。

ふとあの時の僕と(大病による治療ど真ん中)、現在の僕(療養後)とで見える景色が違うかどうか。確認してみたかったのです。

まあその結果はともかく(長くなるからね)、曳舟のイトーヨーカ堂の屋上、目の前にはスカイツリーが見える。風が少し強かったけれど5月の爽やかな空のもと、周りには誰もいないしーんとした中、奥さんと一緒にお日様を浴びながら、サンジェルマンで購入したパンを頬張る。「貧乏くさいGWだな~」と奥さんに謝罪の意味を込めて話しかける。そう?と言いながら奥さんもパンを頬張り、のど乾いた~と言いながら冷たいカフェオレをストローでチューと飲んでる。

こんな気楽な奥さんで良かった、死なずに済んで本当によかったと感じた五月晴れの日曜日でした。