2026年7月29日水曜日

転機

転機と言う表題が正しいかどうかわからない。

昨日、約4年という短い時間ではあるけれど、濃密な時間を過ごしてきたご契約を手放すことを決断し、関係各所にお知らせ。
契約者、保険会社、それぞれにご理解いただけたことと思います。
(とはいえ、苦渋の決断だったし、昨夜はこの決断を公式通知したことで自己嫌悪に陥り、終始落ち込んでいました。)

このブログはあくまで私的なものなので、ご契約名義や内容まで書いてしまうと大変なことになるので控えますが、あるPTA系団体契約とだけならよいかと思います。あとは推して知ってください・笑

約4年間、様々なことがありました。

かなりややこしいので割愛はするけれど、保険募集初年度にその勢いや、やる気といった何の根拠のないものを信じて大金を投じ(募集経費ね)チャレンジしたものの、様々な見立ての甘さなどから大失敗。
もちろんその大失敗は目標に遠く及ばなかっただけで、恐らく時間の経過とともにその成果が後々力になるとは思いましたが。

しかし関係一同の落胆ぶりは尋常ではなく、昨今ではあり得ないような罵詈雑言を僕は一身に浴びせられ、僕は病んでしまったと思います。
その後大失敗の原因がある程度特定され、それは案の定想像通りの内容でした。
詳細はここでも割愛するけれど、それは正直誰のせいでもなく、逆に全員のせいともいえる。そして最も適切な評価としては「見立ての甘さ」というのが一番適切だと思う。
要は雑だったわけで、その雑さにみんな気づいていながら、勢いだけで進もうとした声の大きな人間を誰も止められなかったこと。僕も含めた全員が悪いと思う。

今、思い返してみてもその時の周囲からの声はひどいものだった。人の本質を垣間見たというか。

ちょうどその時点で当社は責任を取ってこの業務から降ろされるはずだったようだが、保険会社が懸命に止めた。それが良かったかどうかはわからない。

今さらだけれど、ここ数年僕は僕自身の直感をとても大切にしている。
最初に違和感を感じたこと、モノ、人。その違和感は絶対的に正しいと思う。
本能的なものが警鐘を鳴らしているのだ。
様々なしがらみや、優先順位などからその違和感に目を瞑り、前へ進めると必ずと言っていいほど失敗。大やけどを負う。
そして後々になって必ず後悔する。あの日あの時、感じた違和感を思い出すのだ。

本件も実はその兆候があった。
4年前、西新井でのレンタル会議室で地元のPTA関連団体さんとリアルでお会いした際に、オンラインで参加された方達の様子を見てみて、ものすごーくイヤな予感がした。あそこが分岐点だったのかもしれない。とはいっても後の祭りだ。

その後、仕事としての一命を取り留めた僕はその後もその団体さんの高いハ-ドル、ご要望にお応え出来ず(本音は書かないヨ)、日に日に病んでゆき、きっとそのおかしな振る舞いや言動に奥さんだけは気づいていたことでしょう。そしてとうとう僕は倒れ、半年の療養に追い込まれるわけです。

そんな辛く苦しい歳月を過ごした仕事から当社は撤退することとしました。
その団体がこれからも大いに発展することを心からお祈りしています。
・・ウソつけ?いやいや本当です。だってこの先その団体が失敗してしまったら、ここまでの僕の労力が何一つ報われないし、また何かの拍子に関わるなんてムリだからね。

この決断を転機と捉え、今の僕はそっとこの場から退場します。
そしてまた少しずつ健康と力を蓄えてゆきたいと思います。

2026年7月17日金曜日

ケガをした

つまらないタイトルである。
ケガをしたと。

日頃職業がら、おケガをなさる方と接することは日常茶飯事である。
骨折、打撲、捻挫、創傷、靭帯損傷、半月板損傷、etc,etc その度にお大事にしてくださいね。と言うものの、その痛さの程度は正直わからない。

友人のM君が足の指をタンスにぶつけて骨折したとのこと、この痛さは想像できる。腹の立つ痛さだと思う。

そんなケガについてだが、昨夕、ぼんやりとリビングを移動していたら、なぜかネコ用クッションに足をとられ、何が起きたかわからぬウチに自身の右半身を床に思い切り打ち据えてしまった。
とはいえ、体がヨコに倒れかけている間、走馬灯のように時間がゆっくり流れていたようにも思える・笑

ダーン!と柔道の受け身でも取れていればともかく、狭い家である。特に右膝の外側部分をフローリングの床に叩きつけてしまった。

ものすごーーーく痛かった。
その場で身動き出来ず、骨折したか・・・、してないか。
ドキドキしながらゆっくり起き上がろうとするも力が抜けて起き上がれない。
しばらく横になってから、周囲の家具をつかまえながらゆっくり立ち上がる。

・・・ヒザ、激痛。

立てることは立てるけど、ヒザを折ることは出来ず、少しでも曲げ、捻ろうものなら「イーッ」と思わず声が漏れるほど痛い。
まともに歩けず、一晩経ってからも朝、痛みで立ち上がることが出来ず、布団からズリズリと匍匐前進しながら(「はいーっ」と芸人のやすこさんばりに)、階段まで辿りつく。
階段にそっと足を下ろし、そろそろと階段を降りる。

いつもならそこでネコが「朝ごはんおくれー!!」とばかりにニャーニャー大騒ぎで人の周りをグルグル、スリスリするのであるが、この異様な様子の大男をみて今日は逃げ惑う始末(どういうこと?)。

ともかくも痛くてまともに歩けず、座れず、着替えられず。
事務所への約3分の道のりも右足をピンとしながらヨタヨタと10分もかけてようやくたどり着く。

右膝外側副靭帯の損傷。

ケガの保険を広く取り扱ってるくせに、ホントにケガをしてみて、初めてこの痛みの半端なさを思い知りました。

今日は1日事務所でおとなしくしていたけれど、ヨコで義理の息子の竜太君が、僕が少し動くたびに「イーッ!」と呻いている様子に、時々気の毒そうな視線を投げかけるたび、申し訳なさでいっぱいになりました。

早く良くなりますよう。

2026年7月11日土曜日

決心

「決心」。仕事のこと、会社のこと。
万人受けしない、自ら決意したことをブレないうちに書き記しておこうと思っただけのことです。

1.2026年5月末、アフラックの代理店業務を正式に終了しました。
2.2026年12月末、三井住友海上の代理店業務も終了する予定です。
着々と、というわけではないけれど、保有契約を三井住友海上の完全子会社代理店に移行中です。あと半年ですね。
3.2026年12月末、三井住友海上の代理店契約終了と同時に当社の募集人・Sさんとの雇用契約も終了いたします。長い間、本当にご苦労さまでした。

次。

僕が昨年患った大病の遠因の一つでもある、某マーケットから撤退することを決めました。

家族、スタッフ、友人、AI。誰に聞いても「100パー、撤退一択っしょ」と言う。

もちろん、僕の解説や説明がきっと撤退寄りな様子を聞き取ってのことかもしれないし、多少の気遣いもあるかもしれない。

・・・ここ数日おかげさまで少し時間に余裕が出来たので、出来るだけお客さまのところに訪問し、バカ話が大半だけれど、顔を見てお話しするようにしています。
古くからのお客様は皆さん変わらず優しくて気のいい人ばかりです。

そんなコミュニケーションの取れている多くのお客様とは異なり、撤退を決めた某マーケットは主に通販風ビジネスといっていいと思う。
売上はそこそこ。良くもなければ悪くもない。
しかしかかる人的+時間的コストが大きく、これは構造的な不採算業務といって間違いない(当社がもう少し規模の大きい代理店であればそのコストを吸収できたのだろうけれど、ウチは弱小の零細なので少し難しいのです)。

そんな通販風ビジネスゆえ、取り組んでいても正直面白くはない。
言っちゃ悪いけど、もはや作業と言ってよい。
毎日ジャンジャン電話がかかってきて、同じような質問に繰り返しの応答。

大変失礼ながら「まずはパンフレットをよく読んでみてね、そこにでっかい字で書いてあるよー」と言いたい気持ちをぐっと堪える。

そしてメールも日々何十通も届き、それを淡々と捌いています。

そして電話をかけてこられるお客様は大抵が今すぐに知りたがりの方ばかりなのだ。

「えー、ちょっとお聞きしたいんですがね!」
「わかってはいたんだけれど、念のためにお聞きしたかったんですよー!」と。

大概お電話をおかけになられる方々の感じは決して悪くはない。

でもこれが1日何十件とかかってくるとさすがにイヤになる。
(それどころか同じ方が日に3度も4度も電話をかけてくることがある。。)

まあ、わからないではない。
担当者から誤認のないよう言質を取りたいんだよね、、、。
そんな毎日にスタッフさんも僕らもうんざりしてしまったのだ。

だってそれと引き換えに、文句も言わず、長い間お付き合いくださるお客様との接点を減らしてきたのだから。。。

これが理由の全てではないけれど、こうして某マーケットを手放すと決めたことに対し、保険会社の担当部署も保険会社の本社も容認してくれました。

さすがに体調を崩し、不採算構造にあるマーケットを強要することは出来ないのでしょう。

保険会社では現在、急ピッチで後継代理店さんの選定を急いでいただいているところのようです。
何とか引き継いでいただけるとよいし、慣れるまでは当社がお手伝い(アドバイスね)を行うこともやぶさかではない。

ここまで40年間、営業職としてはダメな方だったと思います。謙遜ではなく事実。

数字のために色々なムリをしてきたし、自分(良心)を騙してでも契約の為なら汚れた仕事もしてきた(お客様をだますようなことは一切してないヨ)。
もちろん経済活動として、生きる為としておカネは必要だし、現実としてそんなキレイごとばかりを言えないこともまたわかっている。

それでもやはり自分にとって価値のある、納得出来る仕事をしてゆきたいと思うのです。
それで市場から評価されなければそこまでということだし、体を壊してまで、メンタルをやられてまで続けていい仕事なんてない、そう思いたい。

二度と人工肛門(ストーマ)のお世話になるような大病だけはしたくない。
再発のリスクもないとはいえないのだから。
奥様からも「次はないよ!」と言われているしね。僕もあんな思いだけは二度とゴメンなのだ。

*写真は半年前の人工肛門を閉鎖したときのおなかの写真です(術後3日目くらいかな)。
大きな穴が空いているところに人工肛門がありました。ここから小腸が出ていて、下痢状態の水溶便が10分と経たず、間断なく出てくるんです。
閉鎖したあと、その穴は空きっぱなしで、いつ内臓がずる~りと出て来やしまいかとヒヤヒヤしていた時期です。
そしてその右には縦に15cmほどの切開の痕。これは内臓をたくさん切除し、取り出したときのもの。
あと左右に3つほど腹腔鏡による手術痕と、廃液管理のためのドレーン挿入痕が残っているけど、写真にはあまり映ってないね。

僕のおなかはキズキズの穴だらけ、まさにフランチェンなのだ。断固としてこんなことにはもうなりたくないのです。