2025年夏以降はずっと病気治療のことばかりだった気がする。夏前は何をしていたのか、あまり記憶がない。
退院を果たし、年末を迎えた今日。
奥様から「今までと同じ生活をしていたらまた同じこと(病気)を繰り返すからね。食生活しかり、お仕事しかり!」
仰る通りです。ぐうの音も出ません。
とはいえそれは僕も自覚していた。
闘病日記でも記述していた通り、今の僕にとって必要な一丁目一番地は仕事上でのストレスを溜めないこと。ストレスの要素となりうるものを見極め、適切な距離をとること。
自分に言い聞かせるなら、それは決して恥ずかしいことではない、と考える。
同じ業界の損保代理店さんA会長からは以前「おかしなヤツらからは逃げていいんだヨ」とアドバイスをいただいた。
そう僕は売られたケンカは買ってしまうのだ。そうしてその対応の結果如何に関わらず、自分自身をひどくキズつけてしまう。百害あって一利なしだ。
そんな2026年を控えどうするか。
大好きな野球例えで言うならば、大ピンチで強打者を迎えたとき、しかし1塁に歩かせることは出来る場面。よく「くさいコースをついていこう、そして四球になったらそれはそれでヨシ」という指示があると思う。
しかしそうしたケースではくさいところをつけずにコースが甘くなり痛打されるということがよくある。
したがってそうした場面ではベンチがはっきりと指示を出すことが大切とされる。
そう歩かせるなら歩かせる(申告敬遠でよき)。勝負するなら絶対に抑える気構えで。
今回僕のケースでは2026年度は致し方ないとして、2027年に向けこのストレスの元とははっきりと縁を切るということを決めておくことが大切だと思う。
何なら2026年6月に施行される「法令改正・監督指針改正」に向けて、当社の軸足を大きく変える必要もあってよいのだと思う。
これまで僕の出身会社さんや縁のあった方々への意地みたいなものでここまで僕なりに頑張ってきてみたけれど、そうしたわだかまりは置いておき、これからは身の丈にあった、ゆったりとした時間を過ごせるような環境づくりをしてゆくことも必要に感じる(最低限の生活は維持しつつ)。
その為にいくつかの方法があると思うけれど、それはおいおい娘婿でもあるR君とよく相談して決めてゆかねばなるまい。
2025年を振り返るといいながら、全然振り返るほどのネタがありませんでした。
半年近くを療養に過ごしていたようなものだしね。
2026年についてはとにかく健康第一でゆこう。お金は二の次でいいでしょう。





