・右手指先 酸素濃度を計るやつ
・胸周り うじゃうじゃと線だらけの心電計
・左腕 点滴の管
・尿道 おしっこを外に出すためのカテーテルが生えてる
・背中 麻酔の管(見えないからよくわからない)
・左腹部 術後の排液観察のためのドレーンが刺さってる
・右腹部 ストーマ(人工肛門、便の出口)
・下腹部 あちこちに穴が開いていてシールが貼ってある
もう右にも左にも動けず、自分の体とは思えないような有り様にまたも泣きそうになってしまう。そんな様子を見にきた男性の看護師さんが「必ず一つずつ外れますからね」と励ましてくれる。そんなちょっとした優しい言葉が嬉しい。
また看護学校の学生さんが研修のために僕につかせてほしいとの申し出が事前にあった為、その日の朝方、順天堂大学看護学校の先生と学生さんがやってきた。学生さんはともかく、50才前後と思しき女性看護師の先生はさすがに百戦錬磨。僕が今してほしいことを先回りしてくれる。前日よりベッド上でほぼ身動き出来ていなかった僕の腰に手を差し入れ、サスサスとずっとさすってくれ続けたことだ。ほんのこうした振る舞いがホントに嬉しかった。
こんな苦痛極まりない中での幸せ時間も束の間、朝一番から担当のがさつ看護師(仮称S看護師としよう)が「造影剤を使用したCTを撮るんで今から行きますよ」とこともなげに告げる。
『は?いま??夕方て話だったよ』と反論する暇も与えられないまま、あれよあれよという間に車いすにくくりつけられ、撮影室のある階まで移動。エレベーターやら段差やら各所を通過する度に痛む身体中が悲鳴をあげる(映画・ミザリーのポール・シェルダンのような気持ちになった)。
ようやくCT室の前に到着したものの、そこには外来患者さんも普通にいらっしゃるため、管だらけの僕をみて気の毒そうな視線を向けてくる。
いよいよ順番が回ってきていつものCT撮影台に載せ換えられるのだが、腹腔鏡の手術痕の影響などもあり腹筋を使えない僕のことを技師さんら(それも女性が多い)が懸命に支え、撮影台に移してくださった。そこでも痛くていたくて「ん”ーーー!」という呻き声をあげてしまう。撮影終了時にも女性技師さんの肩を思い切りつかんで起きるような有り様にホントに申し訳なさすぎだった(女性技師さんの肩にはきっと僕の手痣がついたことだろう)。
そんな拷問のような午前中を過ごしたあと、いよいよ奥さまがお見舞いに登場!
これまでの経過や様子を共有しながら、むくんでしまった僕の手の平、足、腰、首筋をさすってくれる。そんな幸せ時間もまたも束の間、夕方に件のがさつ看護師Sがやってきた。
ストーマパウチを交換と共に外誘導という、便を自分で破棄しなくてもよい機器も設置し直しにきた。
現在僕の便は右のおなかに増設された人工肛門から水溶便というほぼ茶色の水状態にあるものが、術後のせいもあり間断なく出続けている(人工肛門には括約筋がないので自分ではコントロールは出来ない、出たら出っ放しなのだ)。その便を受け止めてくれているパウチ交換をいま行うのだという。それはプロの方が決めたこととして拒むべき事ではなかったが、何もこんなタイミングはないだろうと思う間もなく後々までトラウマになるであろうその出来事は起きる。
身動き出来ない僕の傍らで奥さんも見守る中、便を受け止めるべきストーマパウチを交換していたS看護師さんが声をあげる!「あっ、待って待って待って」「大変大変!」
そうパウチを外している間も水溶便は間断なく出ているのだ、その受け(こぼれてもいいようにパッドを敷くなりの対策)が甘く、僕もシーツもベッドすらも汚物まみれのグッチャグチャ。
取りあえずその場を凌いだS看護師さんではあるが、僕の奥さんに向かって「もうご家族はお帰りいただいていいですよ!」とがなっている。(うん、こんな場面を患者の家族に見せたくないよな、と気持ちは理解出来なくもない)
そしてその後、看護助手と思しきヘルプさんもやってきて、身動き出来ない僕をベッド上で強制的に右へ左へと動かし(その都度激痛)、シーツをかえ、僕を着替えさせ、S看護師さんは汗だくだくになってその作業をやり遂げた。
術後1日目の患者を捕まえて朝から凄まじい扱いだなと思いつつ、奥さまからは手術後は癒着を防ぐ意味でも体を動かすことは悪いことではないのだから、これもまたリハビリの一貫だと前向きに思うといいんじゃない、と励まされたそんな強度最強の術後1日目でした。
まだまだ続くと思います(笑)